現代において、「人工知能(AI)」という言葉は、テレビや新聞などのマスメディアを通じて広く一般に浸透していますが、そのイメージはアニメや漫画、映画といったエンターテインメント作品からの影響も色濃く受けていると考えられます。しかしながら、AIを専門とする私たちから見ても、その定義は依然として曖昧であり、現時点ではむしろ概念的なものとして捉えられています。コンピュータサイエンスの分野における具体的な技術としては、機械学習(ML)や深層学習(DL)が挙げられます。
これらの技術は階層的な関係にあり、深層学習は機械学習の一分野、機械学習は人工知能の一分野、そして人工知能はコンピュータサイエンスの一分野という位置づけになります。機械学習は、データとアルゴリズムを用いて人間の学習プロセスを模倣し、その精度を徐々に高めていくことに主眼を置いています。身近な例としては、オンラインサービスにおける個々のユーザーへの最適化されたレコメンデーション機能や、電気自動車(EV)の自動運転技術などが挙げられます。これらは広義には人工知能を活用していると言えますが、より正確には機械学習の技術によって実現されています。
近年、機械学習はデータサイエンス分野において著しい成長を遂げており、統計的な手法を駆使したアルゴリズムによってデータの分類や予測を行います。以前に注目を集めたビッグデータやデータマイニングの潮流を土台とし、それらを統合・発展させたものが機械学習であると言えるでしょう。
機械学習はその学習方法によってさらに細分化されます。学習データに正解ラベルを付与した状態で学習させる「教師あり学習」、正解ラベルなしのデータから類似性やパターンを見つけ出す「教師なし学習」、両者を組み合わせた「半教師あり学習」、そして、事前に学習データを用意せず、行動に対する報酬を最大化するように学習する「強化学習(RL)」などがあります。
一般の方がイメージするAIは、人間のような発想力や創造性を期待するものかもしれませんが、現実はあくまでコンピュータによる演算であり、統計学的に導き出される数学的な結果を出力するに過ぎません。しかし、AIの進化によって人間の仕事が奪われるのではないかという懸念も存在します。一定の条件下においてはこれは現実となり得る話で、例えば単純な事務作業などはAIによって代替される可能性があります。税務を扱う税理士の業務も、税法という複雑ながらも明確にルール化された体系に基づいているため、突き詰めればAIによる代替が可能となるでしょう。むしろ、そのような「複雑ではあるが明確にルール化されている分野」こそ、AIが得意とするところです。人間の税理士が長年の学習によって習得した知識を、AIは瞬時に処理し、必要な情報を出力することができます。国税庁の解釈がより明確化されれば、国税職員の業務効率化や人員配置の最適化も視野に入ってきます。実際に、東欧のエストニアでは政府の電子化が進み、会計士や税理士といった職業の必要性が大幅に減少しました。これは必ずしも高度なAIによるものではなく、アルゴリズムによって多くの業務が自動化された結果です。
仕事が奪われるという側面ばかりが強調されがちですが、これは歴史の必然とも言えます。過去にも、技術革新によって籠屋や飛脚、紙漉き職人、駅の改札係といった職業が姿を消しましたが、そこで働いていた人々は新たな仕事へと移行してきました。AIは、人間を単純な繰り返し作業から解放し、より創造的で人間らしい仕事に注力できる可能性を秘めた技術と捉えることができます。
当社は、社名にもある通り創業以来データベースエンジニアリングに特化した事業を展開してまいりましたが、時代の流れとともに、その専門領域はデータベースエンジニアリングからデータマイニング、ビッグデータ、そして機械学習へと自然な進化を遂げてきました。今日、人工知能はデータベース技術の発展形の一つと捉えることができると考えています。
機械学習アルゴリズム、あるいは機械学習フレームワークとして広く利用されているものには、TensorFlow、PyTorch、Keras、scikit-learnなどがあり、これらはオープンソースとして公開されています。企業が自社のアプリケーションにAI(機械学習)を迅速に組み込みたいと考える場合、これらの既存のアルゴリズムを活用することは非常に有効な選択肢となります。
そのような状況の中で、DBCでは、アプリケーションへの実装に留まらず、人工知能の根幹となる機械学習アルゴリズムそのものの研究に注力しています。
自社独自環境に人工知能を組み込みたい場合、以下のオープンソース機械学習フレームワークの導入は有効な選択肢となるでしょう。これらのフレームワークには、巨大IT企業だけでなく個人の開発者も貢献しており、高度なアルゴリズム開発は必ずしも大規模な資本投入を必要とせず、少数の優秀な人材によって達成可能であることがわかります。これは人工知能分野に限らず、IT領域全体に共通する特性です。当社も特許を取得していますが、あらゆるIT(ITC)技術は、時に一人の独創的なアイデアから生まれるものです。イノベーションの創出と企業の規模は必ずしも比例しない点が、IT分野の魅力の一つと言えるでしょう。
名称 | 開発主体 | 初リリース | 主要対応言語 | ライセンス | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
TensorFlow | 2015年 | Python, C++, Java, Go, JavaScript, Swift など | Apache 2.0 | 幅広い分野で利用される汎用性の高いフレームワーク。Keras APIとの統合が進んでいる。 | |
PyTorch | Meta | 2016年 | Python, C++ | BSD | 研究開発分野で広く利用され、柔軟性とGPUサポートに優れる。 |
scikit-learn | コミュニティ主導 | 2007年 | Python, C, C++ | BSD | 教師あり学習・教師なし学習の基本的なアルゴリズムを豊富に実装。データ分析の前処理にも強み。 |
Keras | François Chollet 氏 | 2015年 | Python | MIT | 高レベルAPIを提供し、簡潔な記述が可能。Keras 3からマルチバックエンド対応(TensorFlow, JAX, PyTorch)。 |
Transformers | Hugging Face | 2019年 | Python | Apache 2.0 | 自然言語処理(NLP)に特化、HuggingFaceのモデルハブと連携し、事前学習済みモデルが豊富。 |
Jax | 2018年 | Python | Apache 2.0 | NumPyベース、自動微分、高速化、GPU/TPUサポートに優れる。研究分野で利用拡大。 | |
LightGBM | Microsoft | 2017年 | Python, R, C++, Java, JavaScript | MIT | 勾配ブースティング決定木に特化、高速かつ効率的。表形式データ分析で広く利用。 |
Apache MXNet | Apache Software Foundation | 2015年 | Python, C++, Scala, Julia, Go, JavaScript, R | Apache 2.0 | 分散コンピューティングに強く、スケーラビリティに優れる。 |
CatBoost | Yandex | 2017年 | Python, R, C++ | Apache 2.0 | カテゴリカル変数の扱いに強く、高精度な勾配ブースティング。 |
ML.NET | Microsoft | 2018年 | C#, F# | MIT | .NETエコシステムに統合されており、C#やF#での機械学習開発に適している。 |
現代のAI開発においては、OpenAIやAnthropic、Googleなどが提供する商用LLM APIが急速に普及している一方で、自社内でオープンソースのMLフレームワークを活用するアプローチは、依然として戦略的に大きな価値を持ちます。以下、その意義を多角的に考察します。
TensorFlowやPyTorchなどのフレームワークを使用する場合、開発者はモデルの設計から実装、評価までの全工程を完全に制御できるため、特定のビジネス要件に合わせた精緻な調整が可能になります。このような制御性は結果の透明性につながり、特に判断根拠の説明が求められる金融や医療、法務などの分野では不可欠な要素となります。
商用LLM APIは従量課金モデルが主流であり、大量のトークン処理が発生するシステムでは予測不可能なコストが経営負担となり得ます。これに対し、TensorFlow、PyTorch、scikit-learn、JAX などのフレームワークは初期の開発・運用コストこそ必要ですが、継続的な変動コストが小さいため、中長期的な視点でのコスト最適化が可能です。
データセキュリティの観点では、機密性の高い情報を外部サービスに送信せずにオンプレミス環境で処理できることが利点です。日本の個人情報保護法やGDPRなどの規制が厳しくなる中、データの主権を維持したまま高度な分析を行える環境構築は戦略的重要性を増します。
さらに、特定分野に特化したソリューション開発も強みです。汎用的な生成AIモデルでは対応しきれない専門的なタスクや、極めて高い精度・低レイテンシが求められる用途において、カスタムモデルの優位性があります。例えば製造業における異常検知や、特定商品カテゴリに絞った需要予測などは、専用モデルの構築が効果的です。
最後に、技術的自立性も見逃せない要素です。APIプロバイダーの方針変更やサービス終了に左右されない独立性は、事業継続性に有利です。また、機械学習の知見が社内に蓄積されることで、将来的な技術革新にも柔軟に対応できる組織力が育まれます。
商用LLM APIの利用ではなくオープンソースのMLフレームワークの選択は、単なるコスト削減や外部依存の排除だけでなく、企業のAI戦略を中長期的に自律・差別化・深化させるための本質的な取り組みといえます。すなわち「AIを使う会社」から「AIを作る会社」へと進化し、持続的な競争優位性と技術的独立性を確立することとなります。